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もはやバズワード化している「AI」という言葉。「人間を凌駕する機械」的な意味で漠然と語られ、施策に人工知能を用いることの意味や意義が曖昧な場面も見られます。
AIといっても、あらかじめ人間がデータを判断する分岐のルールを定義するものもあれば、AI自らがデータを基にルールを定義する機械学習と呼ばれるものもあります。AIという言葉で連想されるのはおそらく後者の機械学習でしょう。
さらに細かく見ると、学習の例をあらかじめ教える「教師あり」の学習や、データの中でパターンをAIが自ら見出す「教師なし」学習もあり、また両者をかけあわせて学習する場合もあります。その他にもさまざまな学習方法がありますが、詳しい内容は門外漢の筆者よりも専門書にお任せします。
大事なことはAI導入から期待される結果、そしてその目論見です。導入する人間自身が、施策のシナリオをイメージしていなければ、それほど成果も得られません。
マーケティングプロセスの中でどんな役割を期待して人工知能を用いるのか、何を学習させるのか。予算や規模、開発期間、実現させたい姿があって初めて最適なAIの仕組みや学習方法を選択することができるのです。
目論見はどこにあるのか?
読者のみなさまはWebのお仕事に関わっていらっしゃいますので、AIの導入といえばマーケティングオートメーション(MA)を連想するかもしれません。ですがMAはユーザーとの対話を仕組み化して高度化する、あるいは効率化するプラットフォームであると考えると、必ずしもAI(機械学習)である必要はありません。統計処理による判断の分岐点をルールとして定めるだけでも仕組み化・自動化は実現できます。
では、いざWeb施策にAIを導入となったとき、その目論見や求めたい結果はいったい何なのでしょうか?
ルールを教えるだけで「人間の能力と同等の判断作業」を託せるようになりますから、おそらく労働力の代行による時間やコストの効率化が図れ、取り扱うデータ量の増加、つまり施策運用の分岐を『判断する取扱量』が圧倒的に増えることが期待できます。
また、「人間の能力を超える判断」から生まれてくる結果も期待できます。
例えば人間が扱うと途方もない時間を要するような膨大なデータの掛け合わせも、AIの「教師なし学習」からユーザー行動のルールを発見し、「特定セグメントの記事レコメンド最適化で離脱を防ぐ」 「このセグメントはこのタイミングでこのクリエイティブを提示するとCVRが改善する」といったような、新しいシナリオを自動で運用するといったことも期待されます。
ですが、これらの例はあくまで既存施策の「効率化」という論点によって語られています。はたして、AIの導入に期待する結果はそれだけで良いのでしょうか?
AIで実現したい世界は何か?
筆者が在籍している会社でも「広義のAI」は幅広く導入が試みられています。MA、顧客対話を最適化するチャット、テレアポイントセンター、一物一価であるマーチャンダイジング戦略や商材の最適な値付けなど部門も多岐にわたり、もちろん目論見や狙う結果も異なります。
筆者はこの中で、MA・・・ではなく、マーチャンダイジングと新規事業開発の領域でAIに関わっていました。企業内の話ですので詳しく述べることができないのですが、簡単に表現すると約10ヶ月間の開発期間で「人間では予測し得ない未来のデータ」を活用した事業の可能性を追っていました。
開発パートナーの方々とは、あくまで既存システムの保守や事業戦略の相談役としてのおつきあいでしたが、実際の定例ミーティングはまるで研究開発現場のような空間でした。ご協力いただいた3名は、みなさん東京の国公立大学で博士号をお持ちの方々で、こちらの実現したい世界に学術的な強い興味を持っていただくことができたのです。
通常の開発であれば、こちらの要望する仕組みに対して技術的な提案や仕様の打ち合わせというのが一般的なやり取りかと思うのですが、本件の場合はともに機械学習で作り上げる世界は何なのか?という両者間の議論を中心に据え、その世界を実現するために必要な機械学習方法や、トライアル稼働の結果検証をどう解釈するかというディスカッションを進めました。
また開発の中で、AIの学習(教育)が必ずしもうまくいくとは限りません。ここでも詳しい内容を書けず心苦しいのですが、例えば、AIに複雑な相関関係を発見させるために深掘りの「思考」をしてもらうデータ項目があるとします。
ところが、食べさせる(学ばせる)データの中にAIが安易なパターンを発見し、本来であれば複雑な相関関係を示す答えが出るべきところを妙に数字が整ったわかりやすい答えを返して来るという現象が起きました。AI自身が浅い学習でパターンを発見したことで、データに対する思考の深掘りをサボったのです。
こういった現象をなくしていくために、開発者の方々が常にAIへ教育を施し、そしてメインで思考するAIに対して監査役となる別視点のAIと複合的に「組織」として活動させるといった、実現したい姿のためにさまざまなAIの思考「体制」づくりが行われました。
実現したい世界の共有。これは開発者の方々との共通意識とテーマへの学術的な興味、モチベーションを作り上げる上で極めて重要な作業であることを改めて実感しました。効率化や工数削減をテーマにしているだけでは決して得られない力が開発に宿ります。
開発の議論や工程上での判断と決断のポイントにおいては、「実現したい世界観の上で必要か?正しい判断か?」という意識が作用することが極めて重要です。これはAIに限らず、システム開発やサイト制作でも、そして事業推進や組織改革でも、すべて同じことがいえます。
狙いの共有内容次第で狂う歯車
一方で、社内での「AI」の捉え方は人間の作業代行や効率化を主語に語られており、筆者が取り組んでいたAIの機械学習の『結果』がもたらす事業の可能性を、決裁者に向けてうまく理解共有することができませんでした。やがて、他のAI施策の予算配分などの関係で戦略変更とともに統廃合され、筆者のプロジェクトも休止となってしまったのです。
ここでの敗因は、筆者が「AIであること」を事業施策の主語において語り共有してしまったことです。提案を受ける決裁者側にとっては、あくまでAIの技術導入そのものが事業施策に見えていたのです。仮にそのまま開発が継続したとしても、投資判断の基準に「AI導入の見えやすい効果」が求められ続けることになったでしょう。
決裁者の正しい理解を得るためには、機械による分析で発見される「これまで人間の思考では未知だったデータ間の相関関係やそれによって示される答え」に事業と市場を拡大させる新たな施策の材料となる可能性があり、AIはその手段の選択肢の一つである、と語るべきだったのです。
みなさまがWeb戦略にAIという手法を持ち込むとしたら、どんな効果や結果を求めますでしょうか。どのような提案で予算やリソースを勝ち取るのでしょうか?AIは本当に必要なのでしょうか?労働力の増強では解決できないことなのではないでしょうか?
第2章では【AIによる効率化論とともに語られる人材論】についてお話します。