ウェブ担当者通信の代表である丸山が「これは!」と思った優良セミナーを受けてきて、感想をお伝えするものです。内容については丸山の解釈が入りますので、間違っている部分があるかも知れません。もし内容を気に入ったり、より詳しいお話がお聞きになりたい場合などは、ぜひ著者・主催者のセミナーに参加されることをお薦めいたします。
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おなじみの毎年1回行われる、日本では最大規模のアナリティクスに関するセミナーです。現在のデータ分析のトレンドを把握し、お伝えするために参加してきました。
今年のテーマは「意思決定への顧客分析」という内容で、顧客を中心としたマルチデバイス、マルチチャネルの分析の話が多かったです。
しかし、じつは裏テーマとして、どの話にも共通していたのは「組織の壁」という話でした。
顧客を中心としたデータ分析を行うには、既存の組織構造を超えた連携が求められることが多く、実際に関わる人たちの拒否反応も予想されます。
各社その組織の壁をどのように乗り越え、どのように成果をあげてきたのか?という試行錯誤の結果、最終的にチームとして協調するとすごいパワーになったという事例も含め、とても興味深いお話が聞けました。
280人の参加枠が満席でした。企業(事業者)の人が半分、業者側の人が半分でした。
興味のある方はぜひ主催者のページをご覧ください。
データ活用を行う際にはたいてい組織の壁が立ちはだかる。
例えばキリンはホールディング制。製品企画から流通を含めて様々な会社が存在するし、事業部も存在する。
TSUTAYAは事業部制。昨年までデータチームのミッションはウェブサイト分析プロジェクトだったものが、現在は店舗やウェブを横断したリコメンドシステムの構築になってきている。しかし、組織の壁は大きく、やはり各事業部の理解を得るのに苦労している。
そのような苦労の中でも一歩ずつ進めている理由は「組織ぐるみの取り組み」である。
キリンのIT部門には堅牢性が求められるが、同時にマーケティング的な視点では柔軟な対応も求められる。そこでキリンにおいては、事業の横断サポートを実行するデジタルマーケ部を設置。マーケティング部門とIT部門の人間を配属させ、かつマーケティングに関する作業をIT部門の人間に担当させることで、いち早くマーケティング的な視点を共有し、柔軟な対応を可能にしている。
TSUTAYAでは、昨年までウェブに特化したデータ活用部隊は、全会社横断の組織に変更(拡大)された。その上で、関係部署のステークホルダーの利益を意識した説明を常に心がけている。例えば、ウェブサイトのたった0.1%を改善すると、その事業部にとってどれほどの売上があがるのかを説明している。
データ活用の難しさは各社ごとに違うし、手を出してみると初めて気づくことばかりである。
たとえばキリンにおけるデータ活用の難しさは、扱う商品の問題である。今までFMCG(Fast Moving Consumer Goods:消費者向け低額商材)業界はデジタルマーケティング活用が難しかった。なぜなら飲料水の購入などはBtoBtoCであり、主に店舗購入であるためデジタルでは最終コンバージョンが見えない。かつ「飲みたい!」といった欲求から購買までのカスタマージャーニーが極めて短いといった特性があり、広告から購買まで含めて正しいデータの取得および適切な評価が極めて難しいからである。
しかし、現在は顧客獲得プロセスを可視化しようという動きを社内全体で取り組めており、顧客IDを付与し、ユーザー行動の可視化にいくぶん成功し、何が購買につながっているのかを推測できるようになってきた。その結果、旧来CM動画再生のKPIは再生回数であったが、購買につながっているかどうか?に切り替えることができた。
多くの人からすれば「動画再生数をKPIにしていたことがおかしい」と考えるかも知れないが、キリンのようなFMCG企業にとって、顧客IDを中心に仮説が得られるようになったことは画期的なことである。ユーザーの心が動くポイントは本当に難しいものだが、仮説はたてられるようになってきた。
TSUTAYAでは、Tカードの情報から顧客への適切なリコメンドエンジン構築を目指そうとしているが、やってみればリコメンドシステムはとてもむずかしい。なぜなら、そのカードを使ったのが本人かどうかも含めて、判断がとてもむずかしいからである。細かいことをいえばクレヨンしんちゃんのDVDは子供のためか、本人が好きで購入したのか判断ができない。
結局、社内における実験では、社内の映画好きの人が選んだおすすめ映画の方が、機械学習のリコメンドにあっさり勝った。こういった実験も含めて、データ活用の知見はたまっていくが、機械の力で自動的にマーケティングに活用していく道のりは険しく遠い。
有機野菜などを扱うネットスーパー・オイシックスでも、誤ったKPI設定により、新規顧客の獲得を優先しすぎ、既存顧客の離脱を招いたことがあった。それによる売上ダメージの回復はとても時間がかかった。
いずれもデータ活用は各社の文化を反映することになるが、一回で成功するようなものではなく、継続した一歩ずつの取り組みが重要である。
不動産情報全般を取り扱うLIFULE HOME’S(旧HOME’Sから名称変更)では、2009年から部署を超えて20人が集まりプロの力を借りてカスタマージャーニーマップを作成したが、失敗した。
理由はユーザーの行動が多様すぎるためで、想像のジャーニーマップを前提にデータを取得してもそこからわかることはなく、2年くらい開発を続けていたが明確なアウトプットを出せなかった。今はよりよい顧客体験(UX)を創出するプロジェクトを進めている。
TSUTAYAは想像で作ったペルソナに懐疑的である。理由は属性で一括りにしていいのか?という疑問があるからで、属性よりも、アニメが好きなど行動が似たグループの方が同じ傾向を示しやすいと考えている。
その中で、お客様の行動を考える方法は、大量のデータ分類、およびUXのアナリティクスだと考えている。
UXアナリティクスの施策としては下記が重要である。
全て「生の声」という部分が重要で、こういったUXに関する生の声を取得するには「役になりきってロールプレイ」が有効だと考えている。
ペルソナより複数人の生の声の方がよほど役に立つと考えている。ロールプレイは最初はうまくいかないが、回数でうまくいくようになる。サービスを作るならば5回はやりたい。
オイシックスでは、KPIを中心としたデータ・ドリブン・マーケティングを進めているが、様々な失敗を繰り返して知見をためている。
ここに重要な失敗事例を3つ、成功事例を1つ共有する。
広告を含めた各種プロモーションチャネルの評価をし、適切な投資先をみつけることがミッションだった。
その評価指標として選んだのは「お試しセットのランディングページのCV率」。
しかし、お試しセットを一番獲得したリスティング広告を優遇した結果、LTVがどんどん減少。
刈り取りに特化したチャネルを選んでしまった結果、収益が悪化し、かつリカバリにはかなりの時間を要した。
LTVが重要だということで8週間で判断することに。本当は半年後まで確認すべきだと考えたが、判断が遅くなると思っていた。
そこで実際に、内部で統計的なシミュレーションも実施し、8週間あれば半年後は読めるよね、という判断をしていた。
8週間の間にたくさんリピートしてくれるような施策を実施。しかし8週間は熱いけど、その後全然買わなくなるお客さんを増やしてしまった。
オイシックスは定期購入(定期ボックス便)の売れ行きを一番気にしている。
そこで、定期ボックス便をバリバリ売るために、お得意様以外を優遇し、定期購入率をあげていった。
しかし、その後損をしていると感じたお得意様の解約率が上昇。刈り取りすぎて売上も減少。
現在は「この施策の副作用は何かないか?」という言葉がキーワードになっている。社内のネガティブな人の意見を参考にしている。
ある新規ユーザー向けのランディングページにおいては、CV率はとても高いが、同時に直帰率が98.5%あった。
そこで発想を転換して、直帰率を下げるために誰でもあたるクジをつくったら、30%くらい減った上、入会数が300%UP。CVRがは3.5%伸びた。
LIFULE HOME’Sではカスタマージャーニーマップの実施は、半分が業者、半分がインハウスといった割合でおこなった。
データ活用など新しい施策を行う場合、内部の人間かどうかということは関係なく、自社がどういうことをやろうとしているのか?ということを見据えた上でアドバイスをもらえる業者さんとなら積極的に組みたいと考えている。一言でいえばビジョンを共有できるかどうか。それだけである。
組織の溝として、マーケティング、クリエイティブ、ITの3つは敵対してしまうと誰も得をしない。競合という敵を設定し、全員で1つのものに向かうことが大切である。
敵を設定という意味では、社内全体が負けられない社運をかけたプロジェクトも有効活用できる。例えばお金がかかるCMを成功させたいなど。バラバラだった組織がみんなでひとつになる。人材サービス会社であるビズリーチではOneBizReachというプロジェクトを作った。チームをひとつに、戦略をひとつにという意味である。
そして横断組織をひっぱるリーダーとしてはは心が折れないこと、失敗を楽しむ心がなにより大切。
現場はユーザーを見てやればいい。リーダーはその橋渡しが仕事。KPI達成は部長が考えていればいい。マネージャーや部長は組織を考えることが仕事。
データーはメガネ。人の視野を拡げてくれる道具である。何を見るかはその人達次第である。
ビズリーチでは、本格的なデータを活用するはじめる前にも、大雑把なデータ活用はしていた。しかし当時、転職を諦めた人に対し掘り起こしキャンペーンとして81万人の非アクティブ会員のうち20万人に有料チケットを付与(※)したが、ほとんど効果がなかった。
※ビズリーチは、転職したい人がお金を払う有償サービスを展開している。
無策なインセンティブを与えても人は動かない。それよりも、データを活用し、その人にあったメッセージを重要視しようとしている。
活用はシンプルに考えることが大切。
ビズリーチでは戦略や目標をひとつにし、KPIもシンプルにしている。
社員全員が見れる経営ダッシュボードというものを作り、共有している。
ソフトウェアはReDashとTableauを使っている。
全部のプロセスを時系列で分解している。その時系列ごとのポイントをKPIにしてウォッチする。
事例としてはメール施策の改善がある。
セグメントは3つ(企業から検索されていない人、閲覧数が少ない人、スカウト受信が少ない人)にしぼり、それぞれにアドバイスするようにした。また、登録二週間までに二通以上メールを送っているかどうか?が成約率に大きく相関があった。
こういった情報を活用した結果、開封率5.2倍、クリック率2.7倍、スカウト受信数3.9倍、スカウト返信数5.7倍を達成した。なおこのメールマーケティング実施にはマルケトを活用した。
マルケトを導入してわかったのが、7割くらいがスマホを使っていること。
また登録したばかりの新規ユーザーが熱心かと思ったが、実はレジュメを定期的に更新する人の方が意識が高いこともわかった。
そこで、企業はレジュメ更新ユーザーへのアプローチをできるようにした。データ活用はこういったサービス向上にも活用できる。
セミナーを受けた丸山の感想
■総合評価
毎年一回のアナリティクスのお祭りみたいなイベントで、やはり各社の取り組みがわかって楽しかったです。
セミナーの中には「それは当たり前だよな」と感じる内容もありましたが、なぜそうなるか?というと組織の壁が大きく立ちはだかっており、各社苦労していることがよくわかる内容でした。
逆にいうと面白い時代だと感じたのは、AIも見据えたデータ活用という比較的新しい文化においては、各社横並びなのだということです。ひょっとすると、その価値を感じる人たちが集まった小さな企業にも、様々なチャンスがある時代なのかもしれません。
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